第15回「『俳句のふるさと伊勢崎』を発信」【観光ボランティア「伊勢崎まちガイド」会長 伊比正栄】

2010年7月15日 12:00 PM

【成功させよう「群馬デスティネーションキャンペーン」第15回】
 雪仏生まれしときの顔に似よ 似鳩
 この句は江戸中期から明治初期、隆盛を極めた伊勢崎俳諧を率いた宗匠栗庵似鳩の辞世の句である。
大阪から江戸に出たが喰いつみて、ふるさとへの雪の帰路、本市(上蓮町)で倒れたが縁あって生涯をここで過ごした業俳である。
 住まいの軒の栗を眺めながら 喰いつみは秋もてなさん軒の栗、と詠って栗庵と号した。また仏門にも造詣が深く、「栗」の字は「西の木」と書き仏の道に通ずるとの想いがこの号には込められている。
 この似鳩を中心とした正風(芭蕉風)の門人は数多く、高名な俳人も集う地域となった。
 そうしたことを受け我がふるさと伊勢崎には19基もの芭蕉句碑(芭蕉塚)がある。
 本県には200基ほどあるが、その一割近くをも数える本市。この貴重な文化資源である句碑を内外に発信しようと3年前より「俳句のふるさと伊勢崎」を標榜して活動を始めた。
 19カ所の「芭蕉塚マップ」の作成を手始めに、「案内標柱」の建立、昨年は二回の「芭蕉の句碑めぐりバスツアー」を実施、広く市内外に香り高い伊勢崎の文化をPRしてきた。
 さて、来年の7~9月に開催される大型観光企画「群馬デスティネーションキャンペーン(DC)」のプレDCが1日にスタートした。
 この大型観光企画「群馬DC」で私達のグループはこれまで積み上げてきた町おこし事業「俳句のふるさと伊勢崎」を全国に発信したいと考えている。
 伊勢崎ならではの地域文化であり資源である石に刻まれた芭蕉を通してふるさと伊勢崎を発信したい。
 芭蕉塚がこんなにも多い伊勢崎。それは何を物語るのかを伝え、この香り高い地域文化をさらに発展させていくためには今後何をなさねばならないのかを問いかけていきたいと思う。
 「プレDC」の9月11日(土)、本市と玉村町では「日光例幣使道で巡る歴史の旅」が行われる。その路傍には似鳩の高弟であった向松庵剣二の建立による芭蕉塚がある。(馬見塚町)
 涼しさやすくに野松の枝の形 芭蕉翁
 少し歩くと冒頭に証した辞世句が石に刻まれ栗庵似鳩が静かに眠っている。(上蓮町)

ページトップへ戻る